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2011年2月10日 (木)

第21話 呂后-漢の高祖・劉邦の妻

▼ 夫の愛妾・戚夫人を処刑する
 まず、生きたままその手足を切断した。
次いで、眼球をくりぬき、
耳をそぎ、口をふさいだ。
最後に、
血だるまとなりながらもなお生きている夫人を、
厠の糞尿の中に棄て、「人ブタ」と呼び、
これを実子・孝恵帝に見せた。
心優しい帝は、以来病気となり、
政務もままならぬ有様のまま、7年後死去した、という。

 呂后が、かくも執拗で残虐な処刑を選んだのは
どうしてだろうか?

 単に愛人への嫉妬・復讐だけではないようだ。
主な理由は二つ-
 (1) 戚夫人との権力闘争。
   高祖・劉邦に、夫人の実子を後継者にと、
   繰り返し愁訴したといわれている。
    夫とともに辛酸を舐め、
   ようやく土台を作り上げた漢王朝。
   それを横取りしようとする夫人を
   深く憎悪したのも理解できる。
 (2) 実子・孝恵帝の裏切り
   呂后からみれば帝は、親の心子知らず、だった。
    戚夫人の野心を挫くため
   夫人の実子・如意を殺そうと画策したが、
   そうさせまいと庇ったのが息子だった。
   呂后には理解できぬことであり、深く傷つき、絶望した。
   帝の態度に、劉邦の姿を見たのかもしれない。
   戚夫人より息子への憎悪が
   より激しくなったのも無理はないか。

 妻と愛人の権力闘争であり、母親同士の激突ともいえる。
     

▼ 誰が直接手を下したか?
  * お付の者にやらせた。
  * すべて自分でやった。
  * 他はほかの者にやらせ、目だけは自分でくりぬいた。

 いろいろ想像できる。
お付の者にやらせ、その様を凝視していた・・・
と想像するのが妥当だろう。
だが、はたしてそうか?
目だけは、自身の手でくりぬいたのではないか・・・

 手足を切り取られ苦しみもがくしかできぬ夫人に
残忍な笑みを浮かべ、近寄る呂后。
しかし、夫人は、恐怖心でなく、
激しい闘争心と侮蔑を浮かべ、
視界を覆う醜悪な老女を嘲笑したのではないか。
 呂后は、この期に及んでも傲岸な夫人に激怒し、
ゆっくりと、十分苦しむ様を見ようとしただろうし、
しかし夫人もまた、戦士のように全力を挙げて
闘ったのではないか。

 権力闘争は、呂后が勝ったように見えるが、
母親同士の戦いとみるなら呂后こそ敗者だ。
裏切った息子を廃人にしたのだから・・・
と想像したい。

▼ その後の呂后
 孝恵帝の死に、母は涙を流さなかった。
 それだけではない・・・
劉邦が残した、他の女性との子を次々殺害し
さらに孝恵帝の残した幼子を帝位につけ
自らは摂政となり、呂氏一族を要職に登用し、権力を握った。
 そんなある日・・・。
都・長安で日食があり人心不安となったおり、
呂后は、こうと呟いた、という。
  「これは、私のせいよ」
 妻として、母親としてあまり幸福とは言えないが、
「権力者」の覚悟と責任感は持っていたのだ。

いや、司馬遷がそう感じていたのだろう。

   *参考
(1) 草森紳一著「呂后」(人物中国史4 集英社文庫)


 

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コメント

「天災(天変地異)は、天子の不徳」と考えるが、当時の東アジア地域の伝統的思想でしたからね・・・。

そうらしいですね。
かつて、雨乞いの祈祷師は、
薪の上で天に祈ったそうです。
もし降らなかったら、火がつけられたとか。
それだけの覚悟は持っていたのでしょう。
いまの政治家には、さて・・・

人は、生まれながらに、責任感を持つ人と持たない人がいるわけではないと考えています。特定の先天的な脳の障害による場合を除いては、人はある文化の中で育ち、その文化の持つ思想を自己の内に取り込んで初めて本当の責任感を感じるようになる。例えば「男の責任」という考え方は、裏返せば、「女性には責任がない」ということになり、<無責任な女性に育てる>ことになるように・・・。話は変わりますが、随分前に、自動車の運転中、高校生の女の子との間で、軽い接触事故を起こしたときのことです。現場検証を終えた警察官の方が、「双方に過失がある」と説明されましたが、相手方の母親は、お金のことしか頭になく、一方的にこちらに責任を押し付けて保険処理されました。こちらは、「物事故」で済むか、「人身事故」で届出され書類送検されるかの違いがある弱味がありましたので、「過失割合に応じて負担する」という物事の筋道(理)を主張できませんでしたが、あの母親の娘さんは、果たして、社会的責任を持った大人に成長するのでしょうか?自分の立場が有利なことをいいことに、相手のことはまったく考えず、自分に都合よく物事を処理することを学んだのではないでしょうか?金融資本主義のグローバル化によって、「さもしい人間」が増えていくことが憂慮されます。

男の責任があるなら、
女の責任もあるhずです。

あなたの事故に関しては
コメントできません。

本文に関係のないコメントでした。すみません。

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